事務局日誌③|役員名簿が語るもの

前回の事務局日誌②では、1998年(平成10年)の役員一覧表をご紹介しました。
古い資料をひもとく中で、当時の連盟の姿が少しずつ浮かび上がってきました。

あらためてその役員名簿を眺めてみると、そこには単なる「名前の一覧」以上のものが感じられます。

青森、秋田、岩手、山形、福島、宮城――
東北6県それぞれから役員が選出され、クラブ単位で連盟が支えられていたことが分かります。

現在のように多くのクラブが存在する時代ではありませんでしたが、
それでも地域を越えて協力し合い、「東北として一つになる」という意識が、すでにこの頃からしっかりと根付いていたのではないでしょうか。

名簿に記された一人ひとりの名前からは、当時の熱意や責任感が伝わってくるようです。
懐かしいお名前も多く、今もなお様々な形で関わっておられる方の姿を思い浮かべると、時の流れとともに連盟が受け継いできたものの大きさを感じます。

当時の役員の皆様の中には、すでに鬼籍に入られた方や、連盟の第一線を退かれた方も多くおられます。
そのお一人おひとりの歩みが、現在の連盟の礎となっていることを、改めて感じます。

当時はまだ登録クラブ数も限られていました。
しかし、その時代に築かれた組織体制や人のつながりが土台となり、現在では100を超えるクラブが集う連盟へと発展しています。

まさに、点であった活動が線となり、やがて面となって広がっていった歩みと言えるのではないでしょうか。

私自身も、横手FCとして連盟に関わり始めてから長い年月が経ちましたが、
こうした資料を通して振り返ることで、改めてその歴史の一端に関わってきたことの重みを感じています。

現在の姿は、決して一朝一夕に築かれたものではありません。
先人たちの努力と情熱の積み重ねがあってこそ、今の東北クラブユースサッカー連盟があります。

その歩みをしっかりと受け継ぎながら、これからの時代へとつないでいくことの大切さを、改めて感じています。

今回はここまでとし、
次回の「事務局日誌④」では、さらに資料を掘り下げながら、当時の活動や大会の様子にも触れてみたいと思います。